2021.9.7

江南市にある織田信長「最愛の女性」の菩提寺が取り壊しへ

こんにちは。
今日は、新聞で取り上げられていた我が街・江南市にある
「久昌寺(きゅうしょうじ)」についてご紹介します。

630年以上の歴史を持つ「久昌寺」について

久昌寺のイメージ

久昌寺は、愛知県江南市田代町にある古い寺院です。

このお寺には、戦国武将・織田信長の側室、
吉乃(きつの)のお墓があり、菩提寺となっています。

織田信長に最も愛された女性と言われる生駒吉乃 (いこま きつの)。
父は尾張、愛知県江南市・地元の有力者である
生駒家宗(いえむね)でした。

生駒家は馬借(運送)と灯油の仕事を手がけていたため、
屋敷内には商いに関わる食客が滞在していることも多く、
さまざまな国の情報が大量に集まる場所となっていました。
そんな生駒家に信長が情報収集のために
出入りするようになったのは、
元服前からだったと言われています。

信長はそこで美人で優しい吉乃と出会うのです。
彼女に一目惚れした信長は、それから足繁く生駒屋敷を訪れます。
清州城から生駒の屋敷までは約10キロ。
馬を飛ばせば1時間ほど。
なんともロマンティックなエピソードですね^^

吉乃が生まれたのは享禄元年(1528年)。
信長が天文3年(1534年)生まれなので、
吉乃は6才上の姉さん女房になるんです!

信長には24人の子供がいましたが、
信長と吉乃の間には 長男の信忠(後の岐阜城主となります)、
次男の信雄、そして娘の徳姫と、3人の子どもが産まれました。

吉乃は、三人目の徳姫を産んだ後、
産後の肥立ちが悪く、床に伏せってしまいました。
その後吉乃の体が回復することはなく、
永禄1566年9月13日に永遠の眠りについたといわれています。


39才の若さで亡くなった吉乃、
一説には吉乃の死に「信長が男泣きした」とも伝わるほど、
信長にとっては、とても重要な存在だったのでしょう。

菩提寺(ぼだいじ)とは・・・?

“菩提”とは・・・さとり、めざめを意味する
梵語(ぼんご。サンスクリット語ともいいます)の発音に
漢字をあてたのが、“菩提”なのだそうです。
家族や親類、また縁の深かった人などが、
どうかお釈迦さまのようにさとれますように、
めざめられますように・・
こうした人々の切なる願いによって
建てられたお寺を菩提寺と呼ぶそうです。

久昌寺のイメージ

柱の装飾が歴史深く、凛々しい印象です。

寺を所有する宗教法人役員の
19代生駒家当主、生駒英夫さんによると、
寺には約60年前から専属住職はおらず、
長年維持管理が課題になっており、
取り壊しを検討しておられたそうです。
耐震化や雨漏りの問題があり、
費用面から改修は困難だっだそうです。

最後に…

江南市の古い歴史を伝えるものが
なくなってしまうのは、とても寂しいですが、
現物を見た私たちが、
菩提寺があったこと・吉乃が存在したことを
後世に伝えていくことが大事なのかなと思います。


ぜひ機会がありましたら、
江南市の久昌寺や吉乃のことを話題にしてみてくださいね^^

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